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アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
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e7c6c5bd.jpeg16日の日曜日にM姉がバプテスマを受けられた。ご主人は丁度11ヶ月前の昨年の12月16日にバプテスマを受けられた。
二人の希望は同じ日の12月16日の日程だったが、この日は平日でもあり、バプテスマ層に水を入れ、冬季なので温水にする必要があり、母教会の日程に合わせ、FBCの礼拝に合流して祝福の時を持った。

ここにM姉の短い証しを紹介する。二人の渡米してからの人生に関わった、多くの神の家族が感謝と喜びに満たされたことばである。

今日は、私のバプテスマを共に見届けていただき、ありがとうございました。
こちらに来て、初めて教会に通ったり、Bible studyに参加さてていただくようになったり、日本にいた頃にはなかった習慣を通して少しずつ神様のことを考えるようになりました。
その中で就寝前、自然にお祈りをするようになり、
子供が授かったり、ノビー(ご主人のニックネーム)の研究がもっとうまくいくようになったり、いろんなところで神様の恵みを受けていることを実感するようになりました。
長岡さんが、
夫婦で同じものをみるようになってからぶれなくなったと以前言っていたのも、すごく心に響き、そろそろ今が私にとってバプテスマを受ける時期になったと思い始めました。
またノビーが、一度も急かすようなことを言わず、
温かくその時期がくるまで見守ってくれていたのも、無理なく受け入れることができた理由だと思います。

今日という日を迎えることができたのも、
皆様との出会いと支えがあったからだと思います。
このような人のつながりを与えてくださった神様に感謝し、
まだまだクリスチャンとしても、夫婦としても駆け出しですが、二人で成長していきたいです。
今日は、本当にありがとうございました。 M・K

ご主人は、婚約し結婚する時に、「自分はクリスチャンで、一緒に毎週教会に行きますか」といっておられたという。それほど、彼の人生に大きな影響を与えた方(イエス様)を中心とした家庭を築きたいと望んでおられた。

主は彼の願いと祈りに答えてくださり、すばらしい伴侶を与えてくださった。
神の国とその義とをまず第一にした時に、神はもっともすばらしい人生の伴侶を与えてくれた。そして、来年新しい家族が与えられる。神の祝福が湧き水のように流れ出している。心から祝福と神の恵み、平安を祈っている。
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先日、Wilmingtonでの集会の後、祈りと励ましの必要を覚えMidville Baptist  Churchの姉妹宅を訪問しました。2週間前に、二人の姉妹を家内と一緒にお見舞いしましたが、今回はY姉のお宅に皆さんが集まってくださいました。M姉は前回入院しておられたのですが、この日は私が訪問すると言うので、自宅で沖縄のサタンギを作って持ってきてくださり、家内にとお土産に渡してくださいました。S姉は前日、釣りに出かけて沢山の新鮮な魚を調理し、彼女もまた、おみやげにとすぐに料理できるようにした生魚を持たせてくださいました。
愛餐の食卓は、皆さんが持ち寄った沢山のごちそうであふれていました。
この教会に集まる姉妹たちは、神様への祈りの力を信じています。
楽しい食事の後、祈りの時を持ち、来られた一人ひとりのために手を置いて祈らせていただきました。

その中に、3ヶ月前から透析を始められた、家内よりも8つ年上の姉妹がおられました。
同じように朝の6時から週3日、3時間あまりの透析を受けておられます。彼女も軽い脳梗塞も患っておられ、
やはり右手に麻痺があって、家内と同じく文字が上手に書けません。
体の体質もそっくりで、高血圧に高コレステロールで薬を服用しています。
透析中に血圧が急に下がること、時々足に痙攣を起こすこと。症状も似通っています。
あまりにも似ているので、家内と重なってしまいました。

朝は4時に起きて、透析を受ける前に、必ずその日の治療の為に祈って透析センターに向かわれます。
先週の金曜日から、家内の為に祈りながら送迎する透析センターへの車の中で一緒に二人の為に祈るように導かれました。

弱さを持つことも恵みです。弱いからこそ、病気の人の痛みが自分のことのように思え、祈りも具体的になり
その人の心と一つになることが出来ます。

彼女の21歳になるお孫さんが、「私の腎臓をあげるから心配しないで」と言われたことを話しておられました。
その言葉で、彼女がどのようにお子さんやお孫さんたちから愛されているかが分かります。

なんと感謝な励ましのことばでしょう。

神は、わたしたちがどのように生きてきたか全てをご存知です。
私たちが体験する痛みも決して無駄になることがありません。
主は、同じ痛み持っている人の所に私たちを遣わされます。

共に祈りあえることは幸いです。

その時、主は人の苦しみに同情できない方ではなく、苦しみをも担われたことを知ります。
そして、主がそこに生きておられ、共に歩んでくださり、私たちを背負っておられることが真実であることを
本当に知るのです。

「主よ、あなたを尋ね求める者をあなたは捨てられたことはない。」(詩篇9篇10節)


私たちの主は、真実なお方です。

「これまでに信じて祈った祈りで、神に聴かれないものはありませんでした。これからも決してないでしょう。」
マックレーン

「自分の語る一つ一つのことばによく気を使う人は、また祈る時にも、ことばと思いによく注意して祈る人です。
このような人の神理解は驚くべきもので、その神への思いは、霊的熱情となり、その祈りは熱心で神を動かします。よく祈る人は、よく主を愛する人です。」              アネスレイー博士



主よ、今日一日
貧しい人や病んでいる人を助けるために
私の手をお望みでしたら
今日、私の手をお使いください。

主よ、今日一日
友を欲しがる人々を訪れるために
私の足をお望みでしたら
今日、私の足をお貸しいたします。

主よ、今日一日
優しい言葉に飢えている人々と語り合うため
私の声をお望みでしたら
今日、私の声をお使いください。

主よ、今日一日
人は人であるという理由だけで
どんな人でも愛するために
私の心をお望みでしたら
今日、私のこの心をお貸しいたします。

マザー・テレサ

ここ2,3日雨の日が続いていますが、雨男にとって雨は恵みの雨です。昨日はWilmingtonまで2時半、土砂降りの雨を40号線を南に下って行きました。以前から願っていた40号線Missionの東の終点です。この街はマイケル・ジョーダンの出身地でもあります。

ところで2週間前のことですが、ダウンタウンにあるFBCのスタッフの会合の後、ドアのところでばったりホームレスの男性と遭いました。最初、ホームレスとは分からず、それも葉巻を銜えていたので、何か用事で教会を訪ねてこられたのかと思っていました。
話すうちにホームレスであることが分かり、何か食べるものも求めてきていたのでした。教会のスタッフの名前も知っておられます。「今回が初めてではないな」と思いながら、家内の病院の予約があり早く帰宅せねばと急いでいました。ところが、ホットドッグを食べにお店まで連れて行ってほしいと言ってなかなか行かせてくれません。外は雨です。結局、彼を乗せてマクドナルドまで行き、食べ物を買うお金を渡し別れました。

神にあっては偶然はありません。この時の、私の信仰が試されたような気がして、言い訳をして、その場から立ち去る事をせず、彼の願いをかなえることになりました。

以前、家に手を怪我して、建設労働が出来なくなったスパニッシュの男性が訪ねて来た時、事情もろくに聞かず断って、しばらくして出かけたとき、近所の家の人が彼に仕事を与えて庭の草むしりをしているのに出会ったことがあります。家内と二人で散歩している時でした。家での対応が、家内には冷たく写った様で、「そんな風に言って、帰さず、何か仕事を与えてあげたら良かったのに」と言われました。

後で悔い改めて、急いで水を持って庭仕事をしている彼を訪ね、すこしばかりのお金を渡したことがありました。

この時、これが主の使いだったらと思わされました。神様は、日常の生活の中で、私たちがどのように人々と接するか見ておられます。今回も、最初は彼を振り払って行こうと初めに思った自分を悔い改め、彼を車に乗せることにしました。後でなんだか心がスッキリしていました。

こんな、信仰の婦人の証しがあります。
この証しを読んだとき、先の庭仕事をもらおうと来られた男性の出来事を思い出していました。

「私が学んだ最も大きなこと」

 私は14歳、12歳それに3歳の子供の母親です。最近大学を卒業しました。最後の学科は社会学でした。この学科の最後のテーマは“微笑み・スマイル”でし た。課題は、外に出て行って、3人の人に微笑んでみて、その反応をまとめるということでした。私は人なつっこいところがあって、いつでも誰に対しても笑顔 で接しているし、いつでも気持ちよくこんにちはと挨拶するので、この課題はなんなくできてしまうと思っていました。

この課題が出てからしばらくたった寒い朝、夫と一番下の息子と一緒にファーストフードの店に入りました。私たちはこうやって子供と一緒に過ごす時間を作っているのです。

私たちは順番を待って列に並んでいました。すると突然周りの人たちが後ずさりして私たちから離れて行ったのです。そして私の夫も後ずさりして私から離れたのです。何故みんなが私から遠ざかったのか知ろうとして後ろを振り返って、何とも言いようのない妙な気持ちになって立ち尽くしてしまいました。振り返ると長い間お風呂に入っていない汗と垢のあのすえたような匂いがしたのです。私のすぐ後ろには見るからにホームレスと分かるおじさんが2人立っていたのでした。

私がすぐ後ろに立っていた背の低い男の人を見下ろすと、彼は私に“微笑んだ”のです。しかも彼の青い目は言ってみれば神の光をたっぷりとたたえて、受け入れてもらえる先を求めていたのです。
彼は手の中に握りしめている数枚のコインを無意識に数えるようにいじりながあ「こんにちは」と言ったのです。その後ろにいたもう一人の男は落ち着きなく手先をもじもじさせていました。この二人目の男はすっかり動揺していて、青い目の男にすがり付いているということがすぐに分かりました。私はこの二人と一緒にそこにいて何故か涙が出てきたのです。

カウンターの若い娘が彼に「ご注文は?」と尋ねました。彼は「コーヒー」と答えていました。その分しかお金がなかったのです。(二人がレストランに入り、中で暖をとろうとしたら、何か注文しないわけにはいかなかったのです。二人はただ温まりたかったのです。)

その時、私は心の奥から突き動かされるものを感じ、青い目の男に近づいて抱きしめたのでした。その瞬間レストラン中の視線が私の一つひとつの動作に集つまっているのが分かりました。私は微笑んで、カウンターの若い娘に追加で2人分朝食を別なお盆に載せてくれるように注文しました。そしてテーブルの角を回って、二人が止まり木のよう に座っている席に行き、お盆を置いて青い眼の男の冷たくなっている手に触れました。彼は私を見上げ、目に涙を浮かべて「ありがとう」と言ったのです。

私はかがみこみ、彼の手の甲を軽く叩きながら「これはあなたのためにしているのではないのよ。神様がここで私を通してあなたに希望を差し上げようとしているのよ。」と言ったのです。二人の所を離れ、夫と息子の所へ戻ろうと歩き始めた瞬間、涙がどっと出てきました。

私が自分の席に座ると、夫が私に微笑みかけて「何故神は君を僕に下さったのかわかったよ。僕に希望をくれようとしていたんだ。」と言ったのです。私は最後の授業にこの出来事を書いてもって行きました。先生は私のレポートを読むと、私の方を向いて「これを皆に読んで聞かせたいけど、いいかしら?」と聞いたのです。私は静かにうなずきました。

彼女は私のレポートを読み始めました。それを聞きながら、私たちは人間としてそして神という存在の一部として、他の人々を癒し、そして癒されるという必要があるということを分かち合っているのだと私自身分かったのでした。私なりのやり方でファーストフードのレストランで人々の心に触れ、私の夫、息子、そして最後の授業では先生や同窓生の心にも触れたという体験でした。こうして私は一番大きなことを学んで卒業したのでした。それは無条件に受け入れるということでした。

 “MORE STORIES of LIFE and LAUGHTER”Fr.Bel San Luis, SVD
先週、久しぶりに家内からお灸をしてもらった。
あまりに肩こりがひどかったからだ。
やはりお灸が一番。
気持ちが良くてうとうとする。

お灸は体のつぼにに刺激を与える事で、人の持つ自然治癒力を高める治療法。
血流が良くなるので、本当に肩こりに効果がある。

昨日、今日と教会員の姉妹の中にも、非常に肩をこらしている姉妹がいるので、家内が喜んでお灸を据えた。
二人とも大変気持ちが良く、効果があると喜んでおられた。

お灸をすえると白血球が増加して免疫力もアップすると言う。

「人にしてもらいたいことは、あなたもそのようにしなさい」と主は言われる。
体の癒しは心を癒し、霊的にもリフレッシュされる。

何事でも出来る事があり、人々に喜ばれる為に用いられる事は本当に感謝だ。

体がすっきりした後の散歩は大きな恵みfall2.jpgfall5.jpgだった。

この写真は、紅葉した近所の湖を夕方散歩した時のもの。
本当に綺麗だった。





今回の選挙が初めての投票となった大統領選挙。アメリカの歴史に残る選挙となり、朝刊は売り切れたと聞いた。
投票日前に選挙を済ませた人が38%いるので、比較的投票所は空いており、すぐに投票することが出来た。初めてなので、インターネットであらかじめ、州の投票用紙で確認して投票に臨んだ。

教会では今日投票に初めて行くという事で、スタッフ一同から「おめでとう」と言われた。この国で、投票権を得る事は、それだけ市民の権利としての価値があることなのだ。また、一票に重荷があることも事実だ。今回の選挙はそのことを良く分からせてくれた。

ところで、オバマ氏が次期大統領に選ばれたのだが、NC州ではまだ確定していない。それは、この州は軍の基地が多く、在外投票をした人たちが沢山おり、すべての地域からの結果が分かるのに時間がかかることと、共和党と民主党が50%で分かれているので、最後までどちらが勝つのか分からないからだそうだ。

何事も参加し、経験することに意味がある。選挙権は投票して、初めて政治に対してあれこれ言う権利があると思う。投票もしないで、政治に口出しするのは権利を放棄したのと同じであると考えている。しかし、議論したり、口論する事は私たちに益とはならない。

どちらが大統領に選ばれようと、選ばれた指導者の為に、主にあって最善をとりなし、祈る事はキリスト者の大切な務めである。

パウロはテモテに宛てた手紙の中で言っている。
[新改訳]  テモテへの手紙第一       
2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。
2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。


ローマ人への手紙13章には、「すべての上にあるもの、権威と呼ばれているものは神から来ている」と書いてあります。だから、権威には従いなさい、と勧めています。権威を知ることによって、私たちのうちに、争いや無秩序ではなく、平和と静かさ、また威厳と敬虔を保つことができるのです。私たちが実際に指導者の為に祈ることは難しいかもしれません。必ずしも自分が投票したい人ばかりではないからです。けれども、実際に主の御心だと知って祈ると、ここでパウロが言いたいことが理解できます。

私たちが日本の首相やアメリカの大統領としての権威を尊重することによって、自分のうちにも権威を尊ばなければいけない思いが生まれるのです。そのことによって神が求めておられる敬虔さや威厳さを保つことができます。

 

ですから、何処の国であっても、州の知事であっても、また子供の学校の校長であっても、その指導者の為に祈ることは大切なことです。なおさら、家庭にあっては、妻も夫もそれぞれの主が与えられた役割を尊重し、仕え合い祈るべきなのです。

 

家庭の中でさえ、祈れないものが、どうして国の指導者の為に心から祈れるでしょうか。私たちは、まず身近な指導者の祝福を祈り、また国の指導者の為に祈ろうではありまえんか。 それが、主の御心なのですから。

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プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
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