忍者ブログ
アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
 75 |  74 |  73 |  72 |  71 |  70 |  69 |  68 |  67 |  66 |  65 |
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

私の尊敬する牧師の一人に、ジム・シンバラ牧師がおられます。
彼はブルックリン・タバナックル教会の牧師で、

「Fresh Wind, Fresh Fire(邦題:神よ、私の心に聖霊の火をともしてください)」の著者です。
この本を読むと、リバイバルは、まず神の民の中から、悔い改め、砕かれた心をもたらし、聖霊の火が灯り、教会の外へと広がっていきます。彼は祈りの回復と祈る事への情熱についてこう言っています。

1857年~1859年に起こった“祈りのリバイバル”はアメリカの歴史上、どの霊的覚醒運動よりも多くの実を結びました。アメリカの全体人口の3千万人中100万人が回心しました。どのようにしてこのようなことが起こったのでしょうか。

 エレミア・ランピエールという事業家が、ウォールストリートから400メートル離れた所にあるオランダ改革派教会で、水曜日に正午祈祷会を始めました。最 初の週には6人、次の週には20人、その次の週には40人出席しました。エドウィン・オールはこのように回想しました。「そこはある狂信的な行為もヒステ リックな姿もなく、ただ祈っている人たちの姿だけがあり、信じられないことでした。」

 祈祷会を始めてから第4週目の週に、1857年の経済大恐慌が起こりました。一ヶ月で1400以上の銀行が破綻しました。人々は以前よりももっと熱く神に 向かって叫び始めました。ランピエールの教会で始まった祈祷会は、ボストン、シカゴ、ニューヘブン、フィラデルフィア、ワシントン、そして南部まで拡がっていきました。翌年の春、2000人のシカゴ市民が毎日正午にメトロポリタン劇場に集まって祈っていました。シカゴから引っ越してきたばかりの21歳の青年が、この集まりでキリストの召命を受けました。その青年がドワイト・ムーディーでした。

 今日のアメリカ人たちに、説教者や本、聖書翻訳や斬新な教理が足りないと考える人がいるでしょうか。本当に私たちに足りないのは、神が天の門を開いて神の御力を見せてくださる時まで、神に向かって叫び続ける情熱なのです。            答えられる祈りの約束 / ジム・シンバラ


PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (管理人しか読むことができません)
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
♥ Admin ♥ Write ♥ Res ♥
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
ブログ内検索
アクセス解析
フリーエリア
Copyright ©  マスタージッコの部屋  All Rights Reserved.
* Photo by Kun   * Material / Template by tsukika    * 忍者ブログ [PR]