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アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
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今回のTNへのMissionで久しぶりに中部テネシー日本語補習校の運動会を見学できました。

MTSUのグランドが校舎が建つという事で、現在のエレメンタリースクールで運動会を持つようになったのは私の在職中で加藤校長先生の時でした。運営委員の父兄と一緒に、前日に会場準備にいったり、毎週、プログラムの競技の練習をしたものでした。

先生方も随分替わられましたが、情熱を持って講壇に立ち続けている先生方と再会できうれしく思いました。同じように時々講壇に代教で立っていた娘の結婚したことも話題になり、皆がまだ学生のように思われてか、信じられないようでした。

10年間、この補習校で勤めさせていただいたのですが、今も運動会のプログラムの中でフォークダンスが続けられていて、非常に懐かしく思いました。

丁度見学に行ったとき、子供たちの長距離走が行われており、父兄で一緒に走っておられたKさんのご主人がおられました。子供にとってお父さんが頑張っている姿はうれしいものです。きっとKさんのお子さんも、入賞したお父さんの後姿を頼もしく思ったことでしょう。

ところで、フ
mtjs2.jpgォークダンスの定番といえば、マイムマイム、オクラハマミキサー、ジェンカが真っ先に思い浮かぶが、今年の運動会でも、マイムマイムとジェンカが踊られていました。

最初に踊られていたマイムマイムは、イスラエルのフォークダンスで、聖書の預言がおよそ2000年後に成就した出来事で、第二次世界大戦の後、世界中からイスラエルの地に戻ってきたユダヤ人が「国を建て、新しい息吹のもとに、荒れ果てた未開不毛の地に希望の「水」をひいて開拓に励む喜び」を表した歌です。この曲の歌詞は旧約聖書のイザヤ書12章3節をそのまま歌詞にしたものです。

[新改訳]  イザヤ書                 
12:3 あなたがたは喜
びながら救いの泉から水を汲む。

[NKJV]  Isaiah         
12:3 Therefore with joy you will draw waterFrom the wells of salvation.


それ故、イスラエルへのユダヤ人の帰還は神の救いの喜びを表しています。

日本にこの曲が定着したのは、1963年に’来日されたイスラエル人女性グーリッド・カドマンさんが、イスラエルの振り付けをそのまま指導されて定着し、現在に至っています。

マイムとは水のことで、与えられた恵みを、泉(井戸)から水を汲むように、その周りで輪になって踊る様子を表す、神への感謝、喜びの讃美なのです。

ハレルヤ(主を賛美しますという意味)ということばと同じように、主に心から喜びを捧げる踊りなのです。
聖書の中で、生ける水はキリストの御霊を意味し、神のいのちを象徴しています。 

皆が輪になって踊る様子を見ながら、神を賛美しました。

写真はマイムマイム
mtjs3.jpg15561cde.jpegとジェンカを踊っている様子と、懐かしい先生方の写真も・・・



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           Linden-Camp-Meeting.jpg                                                         8月30日、31日となんと雨の予報がはずれ、快晴になり、暑いくらいの夏の日差しの中でキャンプが持たれた。

二組の家族が体調を壊され、急遽キャンセルがあったが、皆さん期待して待った修養会だけにみことばに対する渇きと、それに対する主の恵み多き修養会となった。

私は土曜日の朝6時半に二人のシニアの姉妹とLinden Valleyまでの車の旅を楽しんだ。

いつも、Memphisに向かう、40号線の途中にありテネシーリバーの近くでもあり、キャンプ場はバッファローリバーに面していて、水のスポーツが楽しめる。
今回、ほとんどが家族連れの参加だったので、家族で楽しめるプログラムとメッセージが交互に組まれていた。

Tai Chiのクラス(クリスチャン用に、デボーションエクセサイズでの太極拳の初級クラス)をNashvilleからStephanie先生が来て下さり、みっちり1時間。足に少し身が入った。運動不足がわかる。バランス感覚を養う
Tai Chi。そして開会メッセージ。

午後からはカヤック(子供たちの多くが家族で参加した)、ドミノ(シニア向け)、プール、スイカ割とキャンプファイー(讃美と証しとメッセージ)・・・子供たちには焼きマシュマロの楽しいおやつ。

厚子姉は私や子供たちのヘアーカットの奉仕(私は訪問するたびにヘアーカットしていただく、さすがにプロ)
夜は遅くまで話に花が’咲く・・・なんと一番遅かった姉妹方は午前2時に床に入ったとか(あまりの笑い声で、しばらく眠れず、私が静かにと注意に行く始末・・・早く寝なさいと子供に言う大人もこの日は、童心に・・・それも感謝なことと、めったに機会のない姉妹方の為にシニアの婦人が大丈夫と・・・本当は眠れなったこともドルカスのように気遣う心遣い)。

翌日、私はTai Chiで皆さんの起床前にエクセサイズ。
そして、早天祈祷会(ひとりひとりが、心からよく祈った)。
朝食の後に、主日礼拝。

1泊2日だったが中身の濃い、平安な主の家族のキャンプとなった。

感謝だったことは、ダンクリー家の姉妹とアリサの友達が子供たちのケアーにボランティアで
来てくれた事。神の家族にふさわしく、交わりの豊かな家族的な集会となったこと。その他多々。
主に感謝!!

写真は子供たちのスイカ割の後の集合写真。

さて、いよいよ来週はNCの修養会。私たちの22回目のキャンプも祝されたキャンプとなるよう期待している。




毎回オリンピックには様々な神話が生まれる。北京オリンピックの水泳でアメリカ選手の活躍が目立ったが、その中でもママさんスイマー ダラ・トーレスの出場は多くの人たちを励ましたに違いない。 

41歳で5度目のオリンピック出場を果たした米国のダラ・トーレスは最終日に50メートル自由形とメドレーリレーで2つの銀メダルを獲得。今大会の銀3個でオリンピック通算獲得メダル数を12とし、ジェニー・トンプソンと米国競泳女子の個人最多に並んだ。50メートル自由形は自己ベストの24秒07。わずか0、01秒差で金メダルを逃し「会心の泳ぎだった。前夜つめを切るべきではなかったわ」とジョークを交えて振り返る余裕もあった。さすがに豊富な経験を持つ、豊かな心の持ち主だ。25歳年下で 3位のキャンベルとは、競泳個人種目で同じ表彰台に立った選手で最も年齢の離れたペアとなった。約40分後の400メートルメドレーリレーは最終泳者で最速タイムをたたき出しもした。燃焼しきった、ベテランの姿は美しくもあった。

1984年ロサンゼルス大会に初出場して以来、2度の引退を挟んで24年間で5度目のオリンピック。2度の表彰式では感極まって涙ぐんだ姿が印象的だった。

彼女のすごさはメダルの獲得数よりも速さ・タイム・体力が全ての個人競技競泳において24年間にわたり最前線で活躍しているという事だ。選手寿命の短いスイマーの5度目のオリンピック出場は、素人目にも驚異的に映る。しかも、トーレス選手の場合、2度も現役を引退している。一度目は、17歳で1984年のロサンゼルスオリンピックに初出場し、1988年のソウルと1992年のバルセロナオリンピックに出場した後だ。この時、トーレス選手は25歳。当時の女子選手としては標準的な引退年齢だった。しかし、33歳になった2000年のシドニーオリンピックで現役復帰した。その理由は「オリンピックで個人のメダルが欲しい」という意欲的な目標があったからで、ロスアンジェルス、ソウル、バルセロナの3大会で金メダルを含む4つのメダルを獲得しているが、すべてリレー種目でのメダル獲得だったから。シドニーでは、現役復帰の動機付けとなった「個人のメダル」を銅メダル3個はもちろん、加えてリレー種目で金メダル2個を獲得した。そして2度目の引退をする。

今回の現役復帰までの道のりは、2006年に長女を出産し、キャスターなどをして充実した生活を送っていた。しかし、出場したマスターズの大会で、現役トップレベルの記録が出たことから、40代でのオリンピック出場への意欲がわいたという。しかも、2度目の現役復帰の場となった2007年の全米選手権の50メートルと100メートルの自由形で優勝はするし、今大会の100メートル自由形準決勝でマークした記録は自己ベストだった。

目の前にしっかりした目標を持ち、出来ると信じて日々先のものを見つめて努力した、毎日の練習の積み重ねが結果となって感動を呼んだのではないだろうか。

私たちも、それぞれ、自分の置かれた状況で、前に目標やビジョンを持って歩む事の大切さを改めて教えてくれたスイマーだった。年齢ではなく、出来ると信じる信仰と家族や彼女を囲む多くの人たちの背後でのサポートは見逃す事は出来ない。

若さと言うのは、年齢よりも、若いと信じる心と精神がその人をつくりあげる。

そういえば、カトリック信者で作家の田中澄江氏が89歳で書かれた本『山はいのちをのばす』(青春出版社)の中でこう述べている。「山は・・自分の日々生きるための心やからだの健康を保つために必要ないのちの支えとなっている。・・・山へ行くことで、世間によって傷ついた心は癒され、私の衰えた体力は回復し、どんな困難にもどんと来い、というような勇気を与えくれる。」

そして、「山はひとりになれる唯一最高の場所であり、山登りは、霊と心、そして肉体の健康を保つ上で、私にとっても必要なものだと思うようになりました」と。

田中澄江氏は上記の本の初版が出版された年(1997)に脳梗塞で倒れられ、91歳(2000.3.1)で天に召された。しかし、その生涯において、なんと900近くの山に登り、山の花を愛された方。山を通して心は常に青春であったと自ら断言されている。

車も高山病

 「車の高山病ってあるの?」

いや、いや、今回の旅で、自分が高山病にかかったこともあって、高地のドライブでのオーバーヒートにニックネームをつけたもの。

我が家では何でもニックネームをつけたがる。シャローム時代は高校生の女の子にミジンコとか、おけちゃんとか。男の子では、アド(ミクロネシアのある島ではヤモリのことをアドブルといい、窓にへばりついたやまりの足が彼の手を開いたかたちとそっくりだったからとか・・・)。

私が気分転換に、時々近くの本屋に行くのに「今日も男しに行くの」と言う。男はたまに家電屋や工具売り場など、自分の興味のあるところでぶらぶらしたいものだ。

(高地では気圧が低い為、コンピューターで制御されていない車は、エンジンへのガソリンの供給が過剰気味になる。また、山間部の道は勾配があり、登ったり降りたりと、常にエンジンに負荷がかかるので、冷却器がちゃんと働かないと、オーバーヒートする。そん理由で、車の馬力がなくなり、動かなくなることも・・・・。)


 日曜日の礼拝後、近くの山に行こうかとゴールデンから車を走らせ、70号線で山間部に向かった。

インターステイトに乗った直後から、車の加速が悪い事がちょっと気になっていた。しばらく勾配のある道を60マイル前後で走っていたが、ふとメーターを見ると温度計の針が上昇している。最近の車の調子を聞いてみると、いつもは真ん中の下あたりで、こんな事はなかったという。それだけでなく、私たちが来る前に、点検に持って行って万全を備えていたという。高地で、急勾配の道を走っているにしても、まだ家からはそんなに距離は走っていない。

そうこう言っているうちに、道路の路肩のあちこちに車が停車してボンネットを開け、エンジンを冷やしている車が沢山見かけるようになった。最初は高地のせいだと思って、車を路肩に止め、ボンネットを開けてエンジンを冷やそうと少し休憩した。しかし、このままオーバーヒート気味の車で、先に行くのに不安を感じ、次のExitで降りて様子を見てから調子が悪ければ引き返すことにした。

ちょうど、次におりたExitには車の駐車場がすぐ脇に設けられていて、同じようにボンネットを開けてエンジンを冷やしている車が数台あった。私たちも、そこに駐車し冷却器に水を足し、ボンネットを開けてエンジンをしばらく冷やす事にした。 

そこから、山岳部を臨む景色は、少し高台になっていて「これから、あそこを目指して行くぞ-」というような、山間から雪の残っている山々が見え、すばらしい景色だった。駐車した場所の道路の反対側には、柵のしてある牧草地があり、そこにはなんとバイソンの群れがいた。

Bison.jpgしばらく、バイソンや山ねずみを観察してから、また車に引き返し、車の冷却気のホースを見ると、新しく交換したホースが少し、折れ曲がってボンネットとの間に挟まっていたかのように思えた。手で括れを直し、しばらく置いてからエンジンをかけてみると、車の温度は走行事の平常温に戻っていた。





一時、脳裏にエンストして山間部で動かなくなった車を想像したが、早めに異変に気づかせてもらい、快適な休暇の日を迎えさせてもらった。

 4で感謝の祈りをして、そのまま小旅行を再開した。2.jpg

 アドナイ・エレ「主の山には備えあり」という聖書の言葉の通り、またしても、神様が祝福し、見守っておられることを覚えられた感謝な日になった。

 

写真はこの日に撮った記念です。

 

今日はコロラドでの野生動物との身近な出会いについてです。今回は主に小動物の写真を掲載します。
 R-a6.gif                                                                                                                                                                                   光穂たちの住むアパートは、類兄の職場から歩いて行ける距離にあり、山の裾野に面して建っています。
アパートの裏はトレイルになっており、いつでも散歩でき、デンバー市内を一望できる好環境です。
このアパートの敷地内はウサギたちにとって安全な最高の住処になっており、散歩をしていると朝や夕方、涼しい時間帯に100匹以上のウサギを観る事ができます。

こんなに沢山のうさぎがアパートの敷地内の芝生のあちこちにいるのです。



R-a5.gifまた、ゴールデンから透析センターあるレイクウッドの町に行く途中には、プレリードックの生息地があり、毎回、立って餌を食べている彼らを車越しに見ることが出来ます。

これは、ボスのプレリードック。わたしが近寄ると、子犬のような鳴き声で合図をし、他のプレリードックは穴の中にもぐってしまいましたが、彼はたくましく合図を送り続け、このような近距離で撮影できました。

一夫多妻制の動物だそうです。家族を守るたくましさと、けわしさが表情に出て                    います。通常はもう少し、かわいい顔つきです。



                                                  
さらに、ロッキーマウンテンに行くと沢山の野生動物に出会います。
R-a4.gif私たちは、ナキウサギやマーモット、マウンテンゴートの群れ、エルク、シマリスなどを見かけました。

湖や川には沢山の魚が生息しており、平地ではめずらしい野鳥も沢山見かけます。



R-a3.gif
本当に、ここは自然公園の宝庫で、是非皆さんに訪問する事をお勧めします。
ただし、R-a2.gifR-a1.gif高山病にはくれぐれも気をつけてください。

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プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
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