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アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
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Yoshihiro-Kishi.jpg
明日と明後日、JacksonvilleとFayettevilleでサクソフォーンのコンサートを開く。
演奏者は岸義紘氏、プロの演奏家ではないがセミプロの演奏家。

何故かと言えば、本業はキリスト教の巡回伝道者。牧師。JTJ神学校学長。

今年もカリフォルニアに本部を置く、JEMSのアメリカ巡回伝道者として各地を廻っておられる。

沢山の著書もある。CDはすでに7枚目になるのではないだろうか。

その素顔は、岡山県出身のほんとうに気さくな伝道者。岡山弁で話される。
いつも、ゆっくり丁寧にお話されるので、今回の高齢者の多い地域では、
私のように早口でないので、しっかり話が伝わる。

地域の皆さんが期待して待っておられる。

私たちも千の風に乗って、先生をお連れする事を大変嬉しく思っている。

ところで、岸先生は夕食を戴かれない。長旅なので昼食を沢山食べ体調をコントロールされている。
明日の朝はプールで泳がれるそうだ。そういえば、年齢別の自由形だと思うが、日本記録保持者でもあられる。体をいつも鍛えられている。

先生とお会いすると健康管理の大切さを教えられる。

慣れない土地で、自分で運転して巡回される長い宣教活動には、健康管理は第一。
そうでないと、話しながらの1時間余りの演奏はきつい。

こうして、待っている人々へ、いつも最高のコンデションで臨まれようとしておられる。

そんな方である。

明日(8/5)のコンサートはJacksonvilleのMidville Baptist Churchで午後7時から。
教会の婦人たちが、沢山の夕食を用意して、地域の友人を招いておられる。
Havelockからも10名ぐらいの参加者が50分ほどかけて来られる。

明後日(8/6)はFayettevilleのGrace Baptist Churchで午後1時から。

近くにおられる方は是非いらしてください。恵まれた一日となるでしょう。




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先週の土曜日に、久しぶりにAtlantic Beachに泳ぎに行きました。
家内は海が好きで、浮き袋に入って以前は1時間でも2時間でもゆらゆらと泳ぐのが好きでした。
しかし3年半前から透析をするようになって、海水浴とは無縁と思ってたらしいのですが、何と今回泳げたのでした。

帰り際にボート乗り場の近くで一瞬溺れかけ、ボートのセーフガードの人に直ぐに救い上げられたのですが、
その事も、感謝だったようで、ご満悦でした。セーフガードはまた、とってもイケメンで体格の良い好男子だったようです。

病気だからと言って病気に負けず、出来るならトライしたい昔の気質は健在です。

今回泳いだ海はMorehead Beachからボートで渡る無人島で、随分昔に難破したスペイン船の船に乗っていて泳ぎたどりついた馬たちが生息しているのだそうです。

この日はシーズンでしたので島は結構混雑していました。

一緒に行った一組のカップルが二人とも、浜辺の近くの海中でヒトデ(s
starfish.jpgtarfish)を見つけご満悦でした。
ご主人のうれしそうな顔を写真に撮ったのですが、とってもいい顔でした。

参加した全員が楽しめた久しぶりに日帰りトリップでした。 主に感謝!!

昨晩、友人のToddとEricに会った。Toddは日本へ宣教に発つ前の最後の時間だった。Ericは6月にフィリピンにチームで宣教に行くことになっている。5年前に電話をもらい、日本へMission Tripに行くので日本語を教えてくれないかと依頼があった。
「木曜日の晩なら」ということで、定期的に時間を持って会うようになった。Toddはフロリダの大学時代に留学していたクリスチャンの日本人学生と出会い、彼から日本語を習っていたことがある。それもなまりのある日本語で、彼が兵庫県の加古川出身で加古川弁があるかどうかは分からないが、独特のなまりがあった。会った時、彼の話した日本語がとても印象に残っている。
 
彼は自身の母校であるクリスチャン・スクールで聖書を教えていたが、自分の担当クラスで日本語クラスも始め、時々私もボランティアで訪問し、授業を手伝っていた。2年続けて日本語クラスを取った生徒たちは日本語で聖書のみことばも覚えるようになっていた。
 
私と出会ってから、彼はEricと3年続けて短期Missionで夏に日本を訪問していた。加古川バプテスト教会に籍を置き、教会だけでなく、公立、私立の学校で小学校、中学校、高校までボランティアで授業を受け持っていた。二人とも教師の経験があるので、とても子供たちの心を掴んで教えるのがうまい。自分たちのやり方ではなく、毎年、私にアドバイスを受けに来て、それを参考にして日本でMissionをしていた。奥さんのAnnieも2回、昨年はEmmaちゃんも連れての1ヶ月のMissionだった。
 
クリスチャン人口が1%に満たない日本に重荷を持ち、この夏日本に発つ。彼の最後の礼拝での宣教は、私がアメリカに渡った当時の、純粋で熱い思いをよみがえらせてくれた。彼らは、私の信仰にいつもチャレンジを与えてくれた尊い存在だ。彼らの家族のあり方そのものが、日本で彼らに出会う人たちに影響を与えていくに違いない。本当に神さまを愛し、家族を愛するすばらしい、キリスト者の模範である。
 
沢山の実を結ぶ、ぶどうの枝として祝福された日本での生活を願い、また彼のアメリカの教え子や教会にさらなるチャレンジと恵みを与えてほしいと心から願う。主はきっとそのことをしてくださるに違いない。Todd Lee家族のことを、共に祈ってほしい。主の祝福があるように。主の守りがあるように。主の恵みが増し加わるように。Rev.Todd Lee
gs0.jpgHBC-053109a5.jpgHBC-053109a6.jpg
Eric
and
Emma Lee

今朝のニュースで、州政府も大幅な予算カットを行っていくとのことでしたが、 税収の軽減を抑える為にSin Taxを導入することを決めたようです。
Sin Tax
というTaxが耳慣れない言葉でしたので、興味を持ちました。
日本語に単純に訳せば罪悪税ということになるのでしょうが、悪癖(例えばアルコール、タバコ、ギャンブル)とされる製品またはサービスに課せられる州税のことでした。

これらの種類の税は、個人に製品の使用を違 法にすることなくそのような活動に加わることを思いとどまらせるために、政府によって課されます。

罪悪税は、酒、タバコと他の贅沢な製品に典型的に 加えられます。この税が製品を使用する人々に影響を及ぼすだけである間接税であるので、Sin Taxが大きな収益ももたらし、通常一般大衆によって簡単に受け入れられるので、州政府は罪悪税を支持しています。個々の州が赤字を走らせるとき、罪悪税 は一般的に、議 員によって予算隙間を埋めるのを助けると勧められる最初の税のうちの1つです。


ところで、sinという言葉ですが、

この言葉は、アメリカでは色々なところで使われています。

NCにはプロアイスホッケーチームがありますが、アイスホッケーでは競技中に反則を犯したプレーヤーを一時待機させておくペナルティーボックス (penalty box)のことを sin-bin と言います。

最近は日本の大学ラグビーでも新しいルールを取り入れて sin-bin を採用しているところがあるそうです。もちろん箱があるわけではりませんが、そのチームは10分間は14人で戦わなければなりません。bin は大きな箱のことですが、ラグビーでは、相手の首などにタックルしたりして危険なプレーをしたプレーヤーに、ペナルティーとして10分間ゴールの後方に待機させることをいうのです。

聖書に出てくる sin は、語源的には「的をはずす」という意味で、神が人に定めた道を踏み外すという意味です。法律上の罪を crime というのに対して、道徳上、宗教上の罪を sin といいますが、聖書では、sin 800回ほど出てくるのに対してcrime はたったの30回ほどです。sin には「罪を犯す」という動詞もあって、これを併せると1000回近くなります。

「罪」という言葉は聖書でよく使う言葉ですが、上記に少し説明したように、英語では"Crime""Sin"の二種類があります。

聖書的な罪の意味については、また次回に書いてみます。






   Getty1.jpg               Getty5.jpg        Getty3.jpg                                                              LAにはGetty Center (http://www.getty.edu/) という、何と入場料無料のすばらしい美術館があります。

もうれこれ10年ぐらい前に、この地に美術館が移転してすぐに行ったことがありました3時間ぐらいのツアーでしたので、美術館の美術や庭園を全部鑑賞できませんでした。ですから、もう一度行きたいと思っていた。


写真にある絵は、私たちが最初に入った館の中にあったものです。キリストの十字架の絵でした。この館には
沢山の中世からルネッサンスにかけての絵画がありました。

う一枚の絵は、ゴッホの作です。この部屋には印象派のモネの絵画などもありました。

しかし、以Getty6.jpgGetty4.jpgGetty8.jpg前訪れた時に、宗教画が多いことがとても印象に残っていました。

 

                                                                                                                                    とこで、今年は225()が「灰の水曜日」でした。この日は娘の誕生日であり、また夫のバプテスマ記念日でもありました。二人の結婚式も昨年の216日だったので、今年の四旬節(レント)は特に感慨深いものがあります。

 

今年の復活祭(イースター)は412日です。

イエス・キリストの復活の日から遡る、日曜日を除く40日間、暦日では46日間がその期間で、今年の教会歴では、2月の25日に始まり、411日に終わります。その前の日曜日を除く40日間がレントです。

 

 毎年思うことなのですが、このレントの40間、静かな心を持って御言葉に聴きつつ、イエス様の受難に思いを馳せる日々を送りたいものです。

 

「私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うようなばえもない。彼はげすまれ、人々からのけ 者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。」(イザヤ書 531-3)

 

 この紀元前8世紀頃に、イザヤによって記されたイエス様の受難の預言の御言葉を黙想する時、いつもヘンデルのメサイアのことを思い出します。何度か生演奏でもアメリカに来てから聞きました。

 少し紹介しておきます。

< 序文 >MAJORA CANAMUSさあ、大いなることを歌おう)

 And without Controversy, great is the Mystery of Godliness: God was manifested in the Flesh, justified by the Spirit, seen of angels, preached among the Gentiles, believed on in the World, received up into Glory. In whom are hid all the Treasures of Wisdom and Knowledge.

(偉大なのがこの信仰の奥義であることは、議論の余地もありません。 主は肉体としてこの世に現れ、聖霊において義とせられ、天使たちに見守られ、 諸国民の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに天上へと召されました。 主の中にこそ、その知恵と知識の宝が秘められているのです。)

*上記序文は歌詞ではありませんが、 ヘンデル自身による演奏会のプログラムに必ず記載されていたもので、 メサイア全曲の歌おうとしている内容を集約し表現しています。

 

合唱・独唱を含めて53曲にもなるメサイアは、すべて聖書の言葉による歌詞によって作曲されています。聖書の言葉は過去の出来事(神の歴史)の「記録」としてだけでなく、「想起」と「待望」のための手がかりとしても用いられています。 

 

その構成は三部からなっています。

 

第一部:最初の預言がなされた暗闇と、それとは対照的な喜ばしい出来事であるキリストの降誕までを述べていますGetty7.jpg。神によって自分の救いを求める人間のドラマを通じて、私たちをひとつの人生の旅に旅立たせているかのようです。ヘンデルは音符を超えたところに天国を見ていたのではないかと思わせるような、暗闇と輝き、絶望と愛といった絵画が現れています。

 

第二部:キリストの受難、十字架と復活であり、悲劇から勝利への旅が始まります。あの有名な「ハレルヤ・コーラス」がイエス様の誕生や復活の場面ではなく、第二部の終わり、十字架上でイエスが息を引き取られるところで歌われるという点にヘンデルの信仰告白のようなものを感じます。イエス・キリストが十字架上において私たちの罪を引き受けて死んでくださったからこそ、私たちは神の救済を受けることができる。主の十字架こそが私たちに与えられた大いなる恵みの原点であると…。そして、主の勝利に「ハレルヤ」と讃美するのです。

 

第三部:信者の復活の約束とメシアの即位を表しています。メサイア全曲の最後に置かれた「アーメン・コーラス」は、聖書の最後にある黙示録が預言するメシアの最終的勝利に対してそれを待ち望むことを表明すると共に、メサイア全曲を通して語られてきたメシアの業と功績に対する賞賛を表しています。

 

イエス・キリストに類のない栄光を与えた出来事は、彼が自ら受難を引き受けなされたことにほかなりません。十字架の御業こそがイエスの栄光の中心です。十字架によって彼の父なる神への従順と謙遜、そして人間に対する愛が示されたのです。

 

是非、今年のイースターにこの名曲を聴いてみてください。

 

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書 316節) 

 

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プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
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