忍者ブログ
アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
 79 |  78 |  77 |  76 |  75 |  74 |  73 |  72 |  71 |  70 |  69 |
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

   Getty1.jpg               Getty5.jpg        Getty3.jpg                                                              LAにはGetty Center (http://www.getty.edu/) という、何と入場料無料のすばらしい美術館があります。

もうれこれ10年ぐらい前に、この地に美術館が移転してすぐに行ったことがありました3時間ぐらいのツアーでしたので、美術館の美術や庭園を全部鑑賞できませんでした。ですから、もう一度行きたいと思っていた。


写真にある絵は、私たちが最初に入った館の中にあったものです。キリストの十字架の絵でした。この館には
沢山の中世からルネッサンスにかけての絵画がありました。

う一枚の絵は、ゴッホの作です。この部屋には印象派のモネの絵画などもありました。

しかし、以Getty6.jpgGetty4.jpgGetty8.jpg前訪れた時に、宗教画が多いことがとても印象に残っていました。

 

                                                                                                                                    とこで、今年は225()が「灰の水曜日」でした。この日は娘の誕生日であり、また夫のバプテスマ記念日でもありました。二人の結婚式も昨年の216日だったので、今年の四旬節(レント)は特に感慨深いものがあります。

 

今年の復活祭(イースター)は412日です。

イエス・キリストの復活の日から遡る、日曜日を除く40日間、暦日では46日間がその期間で、今年の教会歴では、2月の25日に始まり、411日に終わります。その前の日曜日を除く40日間がレントです。

 

 毎年思うことなのですが、このレントの40間、静かな心を持って御言葉に聴きつつ、イエス様の受難に思いを馳せる日々を送りたいものです。

 

「私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うようなばえもない。彼はげすまれ、人々からのけ 者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。」(イザヤ書 531-3)

 

 この紀元前8世紀頃に、イザヤによって記されたイエス様の受難の預言の御言葉を黙想する時、いつもヘンデルのメサイアのことを思い出します。何度か生演奏でもアメリカに来てから聞きました。

 少し紹介しておきます。

< 序文 >MAJORA CANAMUSさあ、大いなることを歌おう)

 And without Controversy, great is the Mystery of Godliness: God was manifested in the Flesh, justified by the Spirit, seen of angels, preached among the Gentiles, believed on in the World, received up into Glory. In whom are hid all the Treasures of Wisdom and Knowledge.

(偉大なのがこの信仰の奥義であることは、議論の余地もありません。 主は肉体としてこの世に現れ、聖霊において義とせられ、天使たちに見守られ、 諸国民の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに天上へと召されました。 主の中にこそ、その知恵と知識の宝が秘められているのです。)

*上記序文は歌詞ではありませんが、 ヘンデル自身による演奏会のプログラムに必ず記載されていたもので、 メサイア全曲の歌おうとしている内容を集約し表現しています。

 

合唱・独唱を含めて53曲にもなるメサイアは、すべて聖書の言葉による歌詞によって作曲されています。聖書の言葉は過去の出来事(神の歴史)の「記録」としてだけでなく、「想起」と「待望」のための手がかりとしても用いられています。 

 

その構成は三部からなっています。

 

第一部:最初の預言がなされた暗闇と、それとは対照的な喜ばしい出来事であるキリストの降誕までを述べていますGetty7.jpg。神によって自分の救いを求める人間のドラマを通じて、私たちをひとつの人生の旅に旅立たせているかのようです。ヘンデルは音符を超えたところに天国を見ていたのではないかと思わせるような、暗闇と輝き、絶望と愛といった絵画が現れています。

 

第二部:キリストの受難、十字架と復活であり、悲劇から勝利への旅が始まります。あの有名な「ハレルヤ・コーラス」がイエス様の誕生や復活の場面ではなく、第二部の終わり、十字架上でイエスが息を引き取られるところで歌われるという点にヘンデルの信仰告白のようなものを感じます。イエス・キリストが十字架上において私たちの罪を引き受けて死んでくださったからこそ、私たちは神の救済を受けることができる。主の十字架こそが私たちに与えられた大いなる恵みの原点であると…。そして、主の勝利に「ハレルヤ」と讃美するのです。

 

第三部:信者の復活の約束とメシアの即位を表しています。メサイア全曲の最後に置かれた「アーメン・コーラス」は、聖書の最後にある黙示録が預言するメシアの最終的勝利に対してそれを待ち望むことを表明すると共に、メサイア全曲を通して語られてきたメシアの業と功績に対する賞賛を表しています。

 

イエス・キリストに類のない栄光を与えた出来事は、彼が自ら受難を引き受けなされたことにほかなりません。十字架の御業こそがイエスの栄光の中心です。十字架によって彼の父なる神への従順と謙遜、そして人間に対する愛が示されたのです。

 

是非、今年のイースターにこの名曲を聴いてみてください。

 

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書 316節) 

 

PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (管理人しか読むことができません)
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
♥ Admin ♥ Write ♥ Res ♥
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
ブログ内検索
アクセス解析
フリーエリア
Copyright ©  マスタージッコの部屋  All Rights Reserved.
* Photo by Kun   * Material / Template by tsukika    * 忍者ブログ [PR]