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アメリカ、NC州の州都ラレーの日本語教会の牧師をしているマスタージッコ。昔取った杵柄、喫茶店のマスターの時の愛称は今も不滅!
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娘が高校を卒業後、TXのYWAMに1年間弟子訓練のトレーニングに行っていた事があります。この弟子訓練学校を終了後、TNに戻り、大学に進学する為に半年間だけNashvilleにホ-ムステイしていました。

友人の韓国人のL婦人の通う教会の教会員で、Vanderbilt大学で博士課程を学んでおられた、全盲のご主人のおられる家庭でした。

彼は全盲ですが、教会で礼拝の奏楽をされていました。一度旋律を聴くと、その曲が演奏できるのです。大学での講義も聴くだけで、ほとんど記憶しているという方でした。政府から派遣され、帰国後、大学の教授になったと聞いています。

娘がこの家庭での生活を通して体験したことは、大きな恵みとなりました。毎日、奥さんの手作りの韓国料理を食べ、信仰的な家族の中で学校生活を送っていました。彼からベートーベンの「月光」の演奏の手ほどきなども受けたりしていました。彼らの生きた信仰は、いつも神が共にいてくださるという真実を証しするものだったようです。

 

ヨイド純福音教会のチョー・ヨンギ博士が、大分前のことですが、礼拝メッセージの中でこのような話を紹介していました。
 

ある夫婦がいました。夫は職業軍人で妻は、電話交換の仕事をしていました。婦人が目が段々と悪くなるので病院に行ったら医者が角膜炎なので早く手術しないと失明すると診断をうけました。それで夫が妻を連れて病院に行き手術を受けたのですが、手術が失敗して完全に失明してしまいました。

どんなに絶望的でしょうか?婦人は泣き続けました。でも、神様に祈り勇気を得ました。そして、再起しなければならないと考え会社に戻りました。電話の仕事なので別に目は必要ありません。ところが、出退勤が問題でした。幸いに家の前と会社の前までバスが通っていたので夫が毎日、婦人がなれるまで一緒にしてくれたのです。段々と馴れて一人でバスに乗るようになりました。そうしているうち、六ヶ月が過ぎたある日の朝、バスの運転手の後ろに座るようになりました。所が、運転手が婦人に言いました。

「あなたは本当に幸せな人ですね」

婦人は、微笑みながら、「みたいに目の見えない人のどこが幸せなのですか?」

運転手が答えます。「毎日、あなたを見守る人がいるではないですか?」

「えっ?」

「知らなかったのですか?旦那さんが、毎日婦人と一緒にバスに乗り、婦人の後ろに座っていたのですよ。あなたが降りて会社に入るまで見守ってから、バスに乗って戻っていたのです。」
婦人は驚きました。六ヶ月も毎日その様に見守ってくれたとは全然知らなかったのです。


 
私たちの信じる神様は、目が見えないというだけで私たちを見捨てたりはしません。常に私たちと共におられます。多くの方々は霊的に目が見えない為に、この事実に気がつきません。
 
困難な時代、このゴリアテと戦ったダビデのように、霊的な目が開かれ、神の軍勢が私たちを守り、導かれるようお祈りしましょう。
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プロフィール
HN:
マスタージッコ
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1955/10/13
職業:
牧師
趣味:
旅行、クラシック音楽鑑賞、将棋
自己紹介:
ノースカロライナ州ラーレーの日本語教会の牧師をしてます。最愛の妻と娘夫婦がいます。
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